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東京地方裁判所 平成7年(ワ)24380号 判決 1996年3月26日

原告 濱田トミ

右訴訟代理人弁護士 中田祐児

被告 株式会社東京銀行

右代表者代表取締役 行天豊雄

右支配人 三宅基治

右訴訟代理人弁護士 平賀健太

宇田川忠彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金二一七三万四九六五円とこれに対する平成七年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1(一)  原告の夫である濱田正幸は、平成二年五月二五日、徳島県鳴門市立岩所在の株式会社大塚製薬工場の鳴門工場において、デービットクレーンの取付作業中、同クレーンがベース鉄板に十分にボルトで接続されていなかったため倒壊し、その下敷きとなって死亡した(「本件事故」という。)。

(二)  原告と、二人の子供である濱田功一及び森佳苗(以下、原告、濱田功一及び森佳苗を併せて「原告ら」という。)は、徳島地方裁判所に、プラコーエンジニアリング株式会社(以下「訴外会社」という。)及び日本通運株式会社に対し、本件事故による損害賠償請求訴訟を提起(同裁判所平成三年(ワ)第九号事件)し、仮執行宣言のある勝訴判決を得た(以下「本件原判決」という。≪証拠省略≫)。

2  訴外会社は、本件原判決に対し、控訴を提起し、高松高等裁判所に、右判決正本に基づく強制執行の停止を申し立て、平成五年九月三〇日、強制執行停止決定(同裁判所同年(ウ)第一一二号、以下「本件強制執行停止決定」という。)を得た(≪証拠省略≫)。

高松高等裁判所は、本件強制執行停止決定をなすにつき、訴外会社に対し、保証として、被告との間に支払保証委託契約を締結する方法による担保を立てさせた。その際、訴外会社は被告との間に支払保証委託契約(以下「本件支払保証委託契約」という。)を締結し、訴外会社は被告に対し、訴外会社が被告に対して負担する将来の求償債務を担保するため、質権を設定して金三二〇〇万円の定期預金(以下「本件定期預金」という。)を預け入れた。

3(一)  高松高等裁判所は、平成六年一一月八日、訴外会社に対し、原告に損害賠償として金一七七〇万二七四円、濱田功一及び森佳苗それぞれに損害賠償金として金八八五万一三七円、及びこれらに対する平成二年五月二六日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を支払えとの判決を言い渡した(同裁判所平成五年(ネ)第三一八号、三二〇号事件、以下「本件控訴審判決」という。≪証拠省略≫)。

(二)  原告は、本件控訴審判決に基づいて、浦和地方裁判所に、訴外会社が被告に預け入れた本件定期預金の債権差押命令(同裁判所平成六年ル第一八六六号)を申し立て、平成六年一二月二六日、債権差押命令を得て、同命令は、同月二八日、被告に送達された(≪証拠省略≫)。

しかし、被告は、質権を設定していることを理由に本件定期預金の払戻しに応じなかった。

(三)  そこで、原告は、浦和地方裁判所に、右(二)の差押えに係る債権転付命令(同裁判所平成七年ヲ第六八〇号)を申し立て、平成七年六月二九日、債権転付命令を得て、同命令は、同年七月三日、被告に送達された(≪証拠省略≫)。

しかし、被告は、質権を設定していることを理由に本件定期預金の払戻しに応じなかった。

二  請求の概要

原告は被告に対して本件定期預金の返還請求権に基づいて金二一七三万四九六五円とこれに対する履行期の後である平成七年三月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

三  争点

担保権利者が、支払保証委託契約の締結に際して質権を設定して預け入れた預金に対し、本案判決に基づいて差押え、転付命令を得た場合にも、当該預金の債務者である金融機関は、担保取消決定の確定まではその払戻しを拒めるか。

(被告の主張)

訴外会社の本件強制執行停止決定によって原告らに対して加えた損害の賠償債務は、担保取消決定が確定した場合にのみ消滅するものであり、同取消決定があった旨の立証がない限り、訴外会社の右賠償債務は依然存続している。

したがって、本件支払保証委託契約上の被告の保証債務も同様に未だ消滅しておらず存続しているので、被告の訴外会社に対する将来の求償権も存続しており、同求償権を担保するための被告の本件定期預金に対する質権も存続している。

そこで、被告は原告に対し、本件定期預金の払戻しを拒むことができる。

(原告の主張)

本件は、労災事故による損害賠償をその本質とするものであるところ、原告は、本件控訴審判決により、損害賠償金と本件事故の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の給付命令を得ているのであるから、原告には、これとは別に強制執行停止に伴う損害の発生する余地はない。

したがって、被告が訴外会社に対して求償権を行使する余地はなく、被告が原告に対し、原告の払戻請求を拒む理由はない。

第三争点に対する判断

一  本件支払保証委託契約は、本件強制執行停止決定により訴外会社が原告らに対して加えた損害を担保するために被告と訴外会社との間に締結されたものであるところ、右支払保証委託契約には、被告の保証債務は、担保取消の決定が確定したとき、担保取戻の許可がなされたとき、又は担保物の変換がなされたときに消滅する旨の約定がある(≪証拠省略≫)。

ところで、控訴審が行う強制執行停止決定は、保証を立てることを条件として仮執行宣言付原判決の強制執行を本案控訴審事件の判決があるまで停止する趣旨のものであるから、このような強制執行停止決定における保証は、その停止の相手方がその間、右原判決により強制執行を停止されることにより被る損害を担保するものであると解するのが相当である。そして、右担保される損害の範囲は、仮執行の遅延により通常生ずべき損害のほか、執行が停止されている間に債務者が財産の隠匿をするなどして執行が不能になるなどによる損害も含まれる。

そこで、原告らが、右控訴審判決により、本件事故による損害賠償金と本件事故の日の翌日からの遅延損害金について勝訴判決を得、これによる債権差押え、転付命令を得たとしても、そもそも、右判決により認められた損害と本件支払保証委託契約により担保される損害とは必ずしも一致するものではない上、右訴訟の当事者でない被告において、強制執行停止決定の相手方に強制執行の停止による損害が生じる可能性があるか否かを個別事件ごとに判断することが困難であることからすると、担保取消の決定が確定したときに本件支払保証委託契約上の被告の保証債務が消滅するとの約定には合理性があるものというべきである。

二  そして、本件全証拠によるも、原告が本件につき担保取消決定を得たと認めるに足りないのであるから、本件支払保証委託契約上の被告の保証債務は存続しており、被告の訴外会社に対する将来の求償権も存続し、このための被告の本件定期預金に対する質権も存続しているものと認められる。

そこで、被告は原告に対し、本件定期預金を払い戻すべき義務はないものというべきである。

第四結語

よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 金子順一)

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